私たちの暮らしや仕事の中には、
「なんとなく続けてきた習慣」がたくさんあります。
柔軟剤を使うことも、その一つかもしれません。
香りが良い、ふんわり仕上がる、みんな使っている。
理由は十分にあるようで、実は深く考える機会は少ない。
けれど、あるときふと立ち止まってみました。
本当にこれは必要なのだろうか?
自分たちの暮らしや仕事に合っているのだろうか?
正解を決めない、という判断
柔軟剤を使わないことが正しい、という話ではありません。
使う人がいていいし、合う人もたくさんいます。
大切なのは、
「使う・使わない」ではなく、
知ったうえで選んでいるかどうか。
私たちは、
“正解を一つに決めない”
という選択を大切にしています。
それは暮らしでも、仕事でも同じです。
服と向き合うと、仕事の姿勢が見えてくる
柔軟剤を使わずに洗うと、
服の表情や素材の個性が、よりはっきりと見えてきます。
・この服は少しデリケートだな
・これは丈夫で長持ちしそうだ
・ここは丁寧に扱った方がいい
そんな小さな気づきが増えていく。
私たちの本業である「修整」の仕事も、
実は同じ感覚の上に成り立っています。
一着一着をよく観察し、
その服に合った方法を選ぶ。
効率よりも、雑さよりも、
まず“向き合うこと”を大切にする。
「あたりまえ」を見直す文化を、組織にも
私たちは、
修整の現場でも、ファミリーサポートでも、
そしてコーポレートとしての経営においても、
「昔からこうだから」
「業界では普通だから」
という理由だけで続けることを、
少しずつ手放してきました。
その代わりに大切にしているのは、
-
本当に今の暮らしに合っているか
-
本当に人を大切にできているか
-
無理や我慢が前提になっていないか
を問い直すことです。
暮らしから始まる、組織WELL-BEING
柔軟剤を使わない、という小さな選択は、
私たちにとっては
Well-beingを考える入口でもありました。
暮らしを整えること。
無理を減らすこと。
丁寧さを取り戻すこと。
それは、
働き方や組織づくりにも、
必ずつながっていくと私たちは考えています。
これからも、静かに、まっすぐに
私たちは、
派手な正解を提示する会社ではありません。
ただ、
人の暮らしと仕事が、少し楽になる方向へ。
自分で選べる余白が残る社会へ。
そのために、
暮らしのことも、仕事のことも、
これからも丁寧に問い続けていきます。
小さな選択の積み重ねが、
やがて組織の文化になり、
社会との関係性をつくっていくと信じて。
